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任意退去と強制退去はどのような方法で行うのか|賃借人が家賃を滞納
この記事で分かること
- 家賃滞納については、まず、任意退去を求めるのが効率的
- 債務不履行による賃貸借契約解除には信頼関係破壊の法理が適用される
- 信頼関係破壊の法理は2つの側面がある
- 強制執行のための手続きは煩雑、自力救済はできない
賃貸借契約は信頼関係を基調とする継続的な債権関係のため、民法541条の解除権の行使も制限がかかる。また、強制執行のためには債務名義の取得が必要で、さらに執行文の付与があり、強制執行の申し立てをした後も細かい手続きが必要となり、債権者には大きな負担となりかねない。
賃借人の家賃滞納に良い対処方法とは 難しい強制退去
賃借人が家賃を滞納し、今後も滞納が予想される場合には賃貸人としては賃借人に出ていってほしいと思うでしょう。しかし賃借人としての地位は民法や借地借家法で厚く保護されており、難しい問題が多く存在します。
まずは任意退去を求めるのが普通
賃借人が家賃を滞納する場合、契約を解除して強制的に出ていってもらうにも様々なコストがかかります。まずは任意で退去してもらうことを考えるべきでしょう。
任意退去を求める、契約は合意解除
不動産の賃貸借は、民法上の賃貸借契約(民法、以下、条文番号のみの場合は同法、601条)に基づいて行われます。任意の退去を求める場合には賃貸人と賃借人の双方が合意の上で契約を解除した上で、賃借人に退去してもらうことになります。ただし、賃借人としてはいきなり出ていくことになっても住む場所が確保できません。
家賃を滞納するぐらいですから、新しい家を探すのも難しいのが普通です。そのため「家賃はもう少し待ってください」と言うことが多く、簡単には出ていかないことが多いのが現実です。
家賃は敷金、もしくは連帯保証人から
仮に賃借人と賃貸借契約を合意解除できた場合、不払いの賃料については敷金から補充するしかありません。敷金とは「賃貸借終了後、家屋明渡がなされた時において、それまでに生じた・・一切の被担保債権を控除しなお残額があることを条件として、その残額につき敷金返還請求権が発生する」(最判昭和48年2月2日)とされています。
そうなると合意解除した上で、なお、未払いの家賃があれば敷金から控除することになります。もっとも最近は敷金が家賃の1か月分程度に設定されていることが多く、1、2か月の家賃の滞納があれば敷金ではカバーしきれません。原状回復にかかる費用も敷金から控除されますから、なおさらです。敷金でカバーしきれない場合は連帯保証人に請求するしかないでしょう。
現実的に家賃の回収は困難
家賃が支払えない状況に陥った賃借人が、そこから抜け出すのは簡単ではないでしょう。そうなると未払いの賃料がすぐに支払われることはあまり期待できません。賃料が支払えない賃借人が、あらたに敷金を負担して別の不動産を借りる契約を結ぶことはもっと困難でしょうから、そう簡単には出て行くことはしないでしょう。そうなると任意の退去を望んでも実現する可能性は低いと考えるのが普通です。
強制退去はまずは賃貸借契約の解除から
任意の退去が期待できない場合、強制的に退去させるしかありません。しかし、前述したように賃借人の地位は法的に厚く保護されている現実がありますから簡単ではありません。
強制退去は賃貸借契約の解除が必要
賃借人を強制退去させるには、まず、賃貸借契約を解除する必要があります。賃借人の不動産の占有権原を喪失させる必要があるからです。
信頼関係破壊の法理
賃借人を保護する重要なポイントが「信頼関係破壊の法理」です。そもそも賃貸借契約も契約の一種ですから、賃借人による賃料の不払いがあれば債務不履行による解除(541条)が可能なはずです。
しかし、最高裁は安易な解除は認めない考えを示しました。つまり「いまだ本件賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意があると断定することはできないとして・・(原審は)本件解除権の行使を信義則に反し許されないと判断しているのであって、右判断は正当」(最判昭和39年7月28日)としました。相互の信頼関係が破壊されていないのであれば解除権の行使は認められないとしたのです。
「家賃滞納なら、すぐに契約解除」の効力
このような信頼関係破壊の法理を適用されないようにと、最初から「賃料を1か月でも滞納した時は、賃貸人は催告を要することなく解除できる」という契約を交わすこともあるかもしれません。しかし、その場合であっても、信頼関係破壊の法理は排除されないと考えられます。
最高裁はそのような特約条項の効力について「賃料が約定の期日に支払われず、これがため契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合には、無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた約定であると解するのが相当」(最判昭和43年11月21日)と判断しています。つまりそのような特約条項は、催告をしなくても解除できるような事情がある場合に限って適用されるという限定付きであると解釈したわけです。
賃借人への保護が厚い理由
このように賃借人に対する保護が厚い事情について、最高裁判決は「賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的債権関係であること」(最判昭和43年11月21日)をその理由に掲げています。つまり賃貸借関係は高度な信頼関係の上に成り立っており、そのベースとなる信頼関係が損なわれない限り、有効とすべきという考えがあると思われます。
また、ほんのわずかな債務不履行で解除が可能なら、賃借人を追い出したい賃貸人が解除権を濫用する可能性がありますし、そうなると住居という生活をする上で極めて重要な存在を失うことになってしまう賃借人を保護する必要があるという社会的要請も見逃せないでしょう。そのような事情があるから、賃借人との契約を解除するのは簡単ではないのです。
無催告解除ができる場合も
信頼関係破壊の法理は賃借人の保護に役立っていますが、別の側面もあります。
信頼関係破壊の法理は、賃貸借契約の債務不履行に基づく解除をする場合でも、信頼関係を破壊するに至らない事情があれば、541条の解除権の行使は制限を受けることを明らかにしたものです。
541条の解除権とは、貸主、借主どちらかが債務を履行しない場合に、相当の期間を定めてその履行の催告をしたにも関わらず、その期間内に履行がないときは、相手方は契約を解除できるというものです。
一方で、信頼関係を破壊する事情があれば、541条の要件(催告や相当期間の経過)を問題とせずに無催告解除が認められることがあります。
家賃滞納で無催告解除は
無催告解除(催告なしに契約を解除すること)が認められた例として、賃借した家屋を乱暴に扱い、子供が室内で野球をする、建具類を燃料代わりにする、室内を掃除せず、いわゆるゴミ屋敷状態にするなどした例(最判昭和27年4月25日)があります。
こうした信頼関係破壊の法理が適用されるかどうかは、個々の事情によるでしょう。家賃滞納が信頼関係を破壊するかどうか、あるいは家賃滞納の場合に無催告解除ができる特約がある場合には、催告をしなくても不合理とは言えない事情の有無によって判断されることになります。うっかり忘れてしまって、督促を受けてすぐに支払った場合であれば541条の解除権の行使は制限されるでしょうし、特約における催告をしなくても不合理とは言えない事情とは認められないでしょう。
強制執行で強制退去させる方法
賃借人を追い出す場合の強制執行は、どのような手続きを経て行われるのか見ていきましょう。簡単には出来ないことは認識すべきです。
賃貸借契約を解除したら追い出せる?
仮に賃貸借契約が解除されて、建物(部屋)を明け渡す旨の裁判が確定した場合、強制執行できるのでしょうか。
強制執行を行うのは裁判所
まず、強制執行は誰が行うかという点です。これは裁判で勝訴した賃貸人ができるということではありません。執行するのはあくまでも執行裁判所です。賃貸人が勝訴して明け渡しの判決が確定したからといって、すぐに賃借人の部屋の鍵をマスターキーで開けて荷物を運び出したら、住居侵入罪(刑法130条)等に問われるでしょう。中にいる人を無理やり引きずり出したら暴行罪(刑法208条)や傷害罪(刑法204条)に問われる可能性があります。
ここでも任意の退去を求めることも
強制執行は後述するように面倒な手続きがありますから、建物明渡の判決が確定した段階で任意で退去を求めて、相手が出ていくことを求めるのはやってみる価値はあるでしょう。もっとも裁判になっても退去しなかった相手が簡単に出ていくとは思えませんから大きな期待はするべきではありません。
強制執行の手続き
強制執行の手続きの流れを簡単に見てみましょう。
まずは債務名義が必要
強制執行の根拠となるのが債務名義(民事執行法22条1号〜7号)です。賃貸借契約を解除してアパートの部屋や建物を明け渡せという訴えを起こして勝訴した場合、通常は、その確定判決(民事執行法22条1号)や仮執行の宣言を付した判決(同2号)が強制執行の債務名義になります。
執行文の付与
債務名義だけでは強制執行は始められません。強制執行は「執行文の付与された債務名義の正本に基づいて実施」(民事執行法25条)されますから、執行文の付与が必要になります。執行文は「債務名義の正本の末尾に付記する方法」により行われます(民事執行法26条2項)。執行文を付与するのは執行証書以外の債務名義の場合は裁判所書記官です(同1項)。
送達証明
執行の申し立てには、執行文の付与に加えて送達証明書が必要です。強制執行は債務者に債務名義が送達された時に限って開始できるものですから(民事執行法29条)、債務名義が送達されたことを証明する送達証明書が必要になります。なお、債務名義が判決である場合については、判決書は職権で送達されますから(民事訴訟法255条)、あらためて強制執行のために債務者に送達する必要はありません。
強制執行の申し立てと断行
執行文の付与と、送達証明書がそろったら強制執行の申し立てを行います。
執行裁判所とは
強制執行の申し立ては、不動産執行については、その所在地を管轄する地方裁判所が執行裁判所となります(民事執行法44条1項)。執行裁判所に対して明け渡しの強制執行の申し立てを行います。申し立ての際には予納金が必要です。これは各地方裁判所によって金額が異なるようです。東京地裁では6万5000円が基本とされています。
執行官面接
強制執行の申し立てを行うと、担当する執行官と面接をすることになります。ここで催告期日や断行期日を決めます。
催告と断行
強制執行もいきなり行うのではなく、まずは催告が行われます。期日を決めて不動産を明け渡すことを命じることや、占有移転の禁止、明け渡しの断行日などを伝えます。そしてそれまでに明け渡しがないと、強制執行が断行されます。
強制執行に対する異議申し立ての方法
強制執行を開始しようとしても、相手方が異議の申し立てをして抵抗してくることがあります。
様々な異議申し立て
強制執行に対する異議の申し立ては様々なものがあります。どのようなものがあるか、見ていきましょう。
請求異議の訴え
もっとも一般的な異議申し立てが請求異議の訴え(民事執行法35条1項前段)でしょう。債務名義にある請求権の存在や内容、債務名義の成立に異議のある債務者が、強制執行の不許を求めるものです。
執行文の付与等に関する異議の申し立て
強制執行は執行文の付与がなければ行うことができないことは前述しましたが、その執行文の付与に関して異議の申し立てができます(民事執行法32条1項)。この異議が認められれば執行文の付与がされないことになり、強制執行は行うことができなくなります。
執行抗告と執行異議
執行抗告は、民事執行の手続きに関する裁判に対して、特別の定めがある場合に限って執行抗告をするものです(民事執行法10条1項)。手続き規定の違背を主張します。地裁が執行裁判所であれば、高裁が審理を行います。執行異議は執行裁判所の執行処分で執行抗告をすることができないものに対して、執行裁判所に不服の申立てを行います(民事執行法11条)。執行抗告と違い、執行裁判所に申立てます。
- 状況にあわせた適切な回収方法を実行できる
- 債務者に<回収する意思>がハッキリ伝わる
- スピーディーな債権回収が期待できる
- 当事者交渉に比べ、精神的負担を低減できる
- 法的見地から冷静な交渉が可能
- あきらめていた債権が回収できる可能性も