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請求しても負けることがあるのか、と不安な方へ
残業代を請求しようと決めたものの、いざとなると足がすくむ。もし負けたらどうなるのだろう。会社との関係も壊れて、何も得られずに終わるのではないか。そんな不安を抱えたまま相談に来られる方は、とても少なくありません。
まず率直にお伝えします。残業代の請求で、思ったような結果にならない場面は確かにあります。請求すれば必ず全額が戻ってくる、という性質のものではありません。
広告などで見かける景気のよい話ばかりを鵜呑みにすると、あとで落胆することになります。だからこそ、はじめに現実的な話をしておきたいのです。
ただし、それは請求そのものが無謀だったという意味ではありません。多くの場合、うまくいかなかった理由ははっきりしています。そして、その理由の大半は、事前に手を打っておけたものでもあります。
つまり、負けやすい形を知っていれば避けられる。ここが、この記事でいちばんお伝えしたいことです。
実際、私たちのもとに来られる方の多くは、何かが決定的に足りないわけではありません。手元にある材料をどう組み立てるかを知らないまま、ひとりで悩んでいるだけです。
そして、いちばんもったいないのは、確かめもしないうちに諦めてしまうことです。無理だろうと思い込んでいた事案が、資料を並べてみると十分に戦える形だった。そういう例はいくらでもあります。
もうひとつ知っておいてほしいのは、残業代の請求が全か無かで決まる争いではないという点です。請求した額の一部が認められて解決に至る例は、実務ではむしろ普通のことです。
争いのある部分と、争いのない部分が入り混じっているのが普通だからです。争いのない部分だけでも先に支払われれば、それは確かな前進と言えます。
ですから、勝ったか負けたかという言葉だけで結果を測ろうとすると、実態を見誤ります。どこまで取り戻せたのか。どれだけの時間と労力で決着したのか。そこを見るほうが役に立ちます。
相談の場でも、勝率はどのくらいですかと尋ねられることがあります。正直に申し上げると、この問いに数字で答えることにはあまり意味がありません。事案の中身が違いすぎるからです。
記録が整っている事案と、まったくない事案。会社が争う姿勢の事案と、支払いに応じる姿勢の事案。これらを同じ土俵で平均しても、あなたの見通しにはつながりません。
知りたいのは全体の平均ではなく、自分の事案がどうなるかのはずです。それは、手元の材料を並べてみればある程度まで見えてきます。
この先では、認められにくい場面、会社側が持ち出してくる反論、そのために先にそろえておくべきもの、解決のかたち、そして弁護士に頼むかどうかの判断までを順にお話ししていきます。専門用語はできるだけ避けて書きました。細かな条文を覚える必要はありません。
いま迷っている方も、すでに会社とやり取りを始めている方も、どこかで手当てできる部分が見つかるはずです。読み進めてみてください。
不安の正体が分からないままだと、行動そのものが止まってしまいます。何が起きうるのかを知れば、備えようがあります。
会社と争うこと自体に、抵抗を覚える方もいるでしょう。長く世話になった職場であればなおさらです。ですが、働いた分の対価を求めることは、争いを仕掛けることとは違います。
本来支払われるべきものが支払われていない。その状態を正すだけのことです。後ろめたく感じる必要はどこにもありません。
残業代請求が認められにくいのはどんな場面か
まず、実際にうまくいかなかった事例に共通する要素を整理しておきます。ここを押さえておけば、自分がどの位置にいるのかが見えてきます。
共通するのは、たいてい五つのどれかです。順に見ていきますので、自分に当てはまるものがないかを考えながら読んでみてください。
いちばん多いのは、働いていた時間を示す材料が乏しいというものです。残業代を求めるには、いつからいつまで働いていたのかを示す必要があります。ここが曖昧だと、請求額の根拠が立ちません。
ここで誤解しないでほしいのは、労働時間を把握して記録しておく責任は本来会社の側にあるという点です。記録がないこと自体が、あなたの落ち度になるわけではありません。
とはいえ、実際の場面では何らかの材料を示せたほうが有利に進みます。責任の所在と、実務での進めやすさは別の話だと考えてください。
次に多いのが、そもそも労働時間にあたるのかが争われる場面です。会社にいた時間のすべてが労働時間になるわけではありません。自主的に残っていただけだと主張されると、そこから話がこじれます。
この争いは、思っている以上に幅があります。着替えの時間、朝礼の準備、片づけ、持ち帰った作業、指示を受けての待機。どこまでが労働時間にあたるのかは、会社の指示のもとで行われていたかどうかで決まります。
制服への着替えが義務づけられていた、始業前の朝礼への参加が事実上強いられていた。こうした事情があれば、その時間も含めて考える余地が出てきます。
自分では労働時間だと思っていなかった時間が、実は含まれることもあります。逆に、当然含まれると思っていた時間が争われることもある。ここは丁寧に見ていく必要があります。
三つめは、すでに支払い済みだと反論される場面です。基本給に残業代が含まれているという説明や、手当の名目で払っていたという主張がこれにあたります。
この反論は非常によく出てきます。しかし、含まれているというからには、どの部分がいくら分の残業に対応しているのかが明確でなければなりません。給与明細を見ても区別がつかないのであれば、その主張は通りにくくなります。
加えて、想定されている時間を超えて働いた分については、含まれているという説明が成り立ちません。超えた部分は別に支払われるべきものです。ここを見落として、丸ごと諦めてしまう方が少なくありません。
営業手当、職務手当、役職手当。名目はさまざまですが、名前を変えただけで残業代の代わりになるわけではありません。
四つめが、時間の経過です。法律の改正でこの期間は以前より延びましたが、それでも古い分から順に消えていきます。放っておいた期間が長いほど、取り戻せる範囲は狭まります。
この点は、迷っている時間そのものが損失になるという意味で、いちばん残酷な要素かもしれません。考えている間にも、月が変わるたびに一か月分ずつ範囲が縮んでいきます。
そして五つめが、そもそも残業代の対象から外れる立場だと主張される場面です。管理監督者にあたるとか、裁量のある働き方をしていたといった反論がこれです。
裁量労働制やみなし労働時間制についても同じことが言えます。制度が形式的に導入されているだけで、実際には細かく指示を受けて働いていたのであれば、制度の適用そのものが争われます。
これらの要素は、どれも事前に確かめられるものです。自分の場合はどこが弱いのか。そこが分かれば、補うべきものもはっきりします。
弱い部分があること自体は、問題ではありません。すべてがそろっている事案のほうがまれです。大事なのは、どこが弱いのかを自覚したうえで、そこを補う材料を先に用意しておくことです。
逆に言えば、何も確かめずに請求書だけを送ってしまうと、相手の反論に対して手ぶらで向き合うことになります。順番を間違えないでください。
会社に請求書を送った時点で、相手は身構えます。記録を整理し直したり、説明の筋道を用意したりするでしょう。こちらの準備が整う前に相手を動かしてしまうのは、得策とは言えません。
特に在職中の方は、請求を切り出す前に会社の記録を確保できるかどうかで、その後の展開が大きく変わります。順序を意識してください。
会社が持ち出してくる主な反論
請求を受けた会社は、いくつかの決まった反論を返してきます。あらかじめ知っておけば、その場で慌てずに済みます。
反論の型は、それほど多くありません。会社の規模や業種が違っても、返ってくる言葉は驚くほど似通っています。ですから、備えることができます。
もっとも典型的なのが、残業を命じていないというものです。会社が指示していないのに勝手に残っていたのだから支払う義務はない、という言い分です。
この反論に対しては、明示的な命令がなくても、働かざるを得ない状況を会社が作っていたのであれば労働時間にあたると考えられています。到底終わらない量の仕事を割り振っていた、上司が残っている状況を知りながら放置していた。こうした事情が効いてきます。
逆に、会社が残業を禁じる指示を繰り返し出し、それでも本人が残っていたという事情があれば、判断は変わってきます。禁止の指示が形だけのものだったのか、実効性を伴っていたのか。ここが分かれ目です。
形だけの禁止であることは、周囲の状況から見えてきます。同じ部署の全員が同じように残っていた、上司も同じ時間まで在席していた。そうした事実は有力な材料になります。
次によくあるのが、その時間は休憩や自己研鑽だったという主張です。実際には作業をしていたのに、休んでいたことにされてしまいます。
研修や勉強会についても同じことが言えます。参加が任意とされていても、出席しなければ評価に響く、あるいは全員が参加している。そうした状況であれば、実質的には指示のもとで行われていたと見る余地があります。
これに対しては、その時間に何をしていたかを示す材料が有効です。送信時刻の入ったやり取りや、作成した資料の更新時刻などが手がかりになります。
休憩時間として扱われていた時間についても、実際には電話番をしていた、来客に対応していたというのであれば、労働から解放されていたとは言えません。名目上の休憩と、実際の休憩は違います。
三つめが、記録が信用できないという主張です。自分でつけていた記録について、後から都合よく書いたのではないかと言われることがあります。
この主張を封じるには、複数の材料が同じ方向を指していることが有効です。ひとつだけでは弱くても、三つ四つと重なれば、全体として信用できる姿が浮かび上がります。
ここで効いてくるのが、記録を毎日つけていたかどうか、そして客観的な材料と食い違っていないかどうかです。会社の入退館記録や交通の利用履歴と重なっていれば、信用性は高まります。
後からまとめて書いたものよりも、その日その日に書き留めたもののほうが重く見られます。今日から手帳に出退勤の時刻を書き始めるだけでも、意味のある積み重ねになるということです。
家族への連絡も、思わぬ形で役に立ちます。今から帰る、と送った短いメッセージが、その時刻まで働いていたことを自然な形で示してくれます。
四つめが、あなたは管理監督者だという主張です。役職がついていることを理由に、残業代の対象外だと言われる場面です。この主張が通るかどうかは、肩書きではなく実際の権限や待遇で判断されます。
採用や人事について意見を求められる立場だったか。自分の出退勤を自由に決められたか。地位にふさわしい待遇を受けていたか。こうした点が問われます。名称が立派でも、実態が伴っていなければ主張は通りません。
五つめが、消滅時効の主張です。古い分については支払わないと言われるものです。これは避けようがない部分もありますが、早く動くことで範囲を広げられます。
なお、会社の側が支払いを認める趣旨の返答をした場合には、時効の進行が止まることがあります。やり取りは必ず形に残しておいてください。何気ない返信が、後で効いてくることがあります。
いずれの反論も、こちらに材料があれば押し返せます。そのため、次にお話しする準備が要になります。
反論を受けたときに、その場で言い返す必要はありません。持ち帰って確かめます、と伝えれば十分です。感情的なやり取りに引き込まれないことも、大切な備えのひとつです。
会社がよく持ち出す反論と、それに備えて用意したいものを並べてみます。
| 会社の反論 | 備えておきたいもの |
|---|---|
| 残業を命じていない、勝手に残っていた | 上司からの業務の指示、締切のある仕事の記録、残業を黙認していた事情 |
| タイムカードの時間は仕事をしていない時間も含む | その時間帯のメールや業務システムの操作記録 |
| 管理職なので残業代は出ない | 権限の範囲、出退勤の管理のされ方、給与の水準が分かる資料 |
| 固定残業代で払い済み | 雇用契約書や給与明細で、固定残業代の時間数と額が区別されているか |
| 時効で消えている | 請求書を送った日の記録(内容証明郵便) |
負けを避けるために先にそろえておくもの
ここからは、請求に入る前にそろえておきたいものを具体的に見ていきます。優先順位をつけて並べます。
すべてを完璧にそろえてから動く、と考える必要はありません。上から順に、手が届くものから確保していってください。
- 出退勤が分かる記録。タイムカード、勤怠システムの記録、入退館の履歴などです。
- 給与明細。支払われた額と、どの名目で支払われていたかが読み取れます。
- 雇用契約書や労働条件通知書。賃金の決め方が書かれています。
- 就業規則と賃金規程。手当の性質や、割増の扱いを確かめる手がかりになります。
- 業務上のやり取り。送信時刻が入ったものは、その時間に働いていた証しになります。
- 自分でつけた記録。毎日の出退勤を書き留めた手帳やメモも、積み重ねれば力を持ちます。
これらのうち、会社の側にしかないものについては、開示を求めることになります。応じてもらえない場合でも、手続きのなかで提出を促す道はあります。
まずは書面で開示を求めるところから始めてください。求めた事実を記録に残しておけば、会社が応じなかったこと自体が後の判断で考慮される場合があります。
在職中であれば、自分の勤怠記録の写しをもらえないかと尋ねるだけでも構いません。日常的な問い合わせの形にしておけば、身構えられずに済むこともあります。
ここで大切なのは、そろっていないものがあるからといって諦めないことです。すべてが完璧にそろっている方など、まずいません。手元にあるものからどう組み立てるかが、腕の見せどころです。
たとえば、記録が半年分しかない場合でも、その期間の働き方が前後と変わっていないのであれば、そこから全体の姿を示していく方法があります。断片から全体を組み立てるのは、決して珍しい作業ではありません。
もうひとつ、忘れられがちなのが賃金の資料です。労働時間ばかりに目が行きがちですが、いくらで働いていたのかが分からなければ、請求額を出せません。両輪だと考えてください。
賃金の資料からは、割増の計算のもとになる部分がどこまでかも読み取れます。家族に関する手当や通勤にかかる分など、計算から外れるものもあるからです。ここを取り違えると、請求額そのものがずれてしまいます。
数か月分ではなく、できるだけ長い期間の明細をそろえておいてください。手当の構成が途中で変わっていることに気づく場合もあります。
そして、集めたものをもとに、実際にいくら請求できるのかを一度計算してみることをおすすめします。おおよその見当がつくと、その後の判断がぐっと落ち着いたものになります。
金額が見えると、費用をかけて進める意味があるのかどうかも判断できます。逆に、見当がつかないまま動き出すと、途中で迷いが生じやすくなります。
勝ち負けだけで測れない解決のかたち
残業代の争いは、必ずしも裁判所が白黒をつけて終わるわけではありません。実際には、話し合いで折り合いをつけて終わる例が多くを占めます。
会社の側も、争いを長引かせたいわけではありません。時間も費用もかかりますし、対外的な評判にも関わるからです。この事情は、こちらにとって追い風になります。
会社と直接交渉して合意に至る形、労働審判のなかで調停が成立する形、訴訟の途中で和解する形。どれも立派な解決です。
どの形で終わっても、支払いを受けたという結果に変わりはありません。手続きの名前ではなく、手元に何が残ったかで判断してください。
和解というと妥協のように聞こえるかもしれません。しかし、判決まで進めば結論が出るまでに長い時間がかかりますし、その間の負担も小さくありません。早く確実に手元に入ることの価値は、決して低くありません。
また、判決には相手が支払わないという事態も残ります。あらためて財産を差し押さえる手続きが必要になれば、そのぶん時間も費用もかかるのです。合意のうえで支払われるほうが、実際には受け取りやすいという面があります。
また、判決になれば主張のすべてが認められるとは限りません。一部だけが認められる結論も普通にあります。それであれば、交渉の段階で納得できる線に着地するほうが合理的な場合もあります。
もっとも、相手の提示があまりに低いのであれば、応じる必要はありません。どこまでなら受け入れられるのか、その線を先に決めておくと判断しやすくなります。
線を決めるときは、金額だけで考えないでください。解決までにかかる期間、こちらが負う手間、在職中であれば職場での立場。これらを合わせて考えると、納得できる着地点が見えてきます。
迷ったときは、いま提示されている条件を断って争い続けた場合に、どれだけ上積みできる見込みがあるのかを尋ねてみてください。その差が小さいのであれば、受け入れる判断にも十分な理由があります。
手続きの選び方も結果を左右します。話し合いで済むのか、裁判所を使うべきなのか。使うとしてどの手続きが向いているのか。ここは事案の性質と、相手の出方によって変わります。
いきなり訴訟を起こすことがいつも正解とは限りません。まずは書面で請求し、相手の反応を見てから次を決める。その順序を踏むだけで、無用な長期戦を避けられることがあります。
相手がまったく取り合わない、あるいは事実関係を真っ向から否定してくる。そうした場合には、早めに裁判所の手続きへ移ったほうが結果として近道になることもあります。
裁判所を使うと聞くと身構えてしまうかもしれません。ですが、労働に関する手続きには、比較的短い期間で決着を目指す枠組みも用意されています。長期戦を覚悟しなければならないとは限りません。
また、労働基準監督署に相談するという道もあります。指導によって会社の姿勢が変わることもありますが、個別の金額まで踏み込んで解決してくれるわけではない点は理解しておいてください。
弁護士に頼むかどうかの分かれ目
自分で請求してみようか、それとも弁護士に任せるか。ここで悩む方は多いはずです。判断の材料をお示しします。
どちらが正しいという話ではありません。事案の性質と、あなたが割ける時間や気力によって答えは変わります。
ご自身で進めることが向いているのは、記録が整っていて、金額の計算も明快で、会社が支払いに前向きな場合です。この条件がそろっていれば、書面のやり取りだけで解決することもあります。
この場合でも、請求書の書き方や計算の示し方には作法があります。一度だけ相談して形を確かめ、あとは自分で進めるという使い方もできます。すべてを任せるか、まったく頼らないかの二択ではありません。
反対に、任せたほうがよい場面もはっきりしています。記録が乏しい、会社が反論してきている、管理監督者だと言われている、退職をめぐる争いも並行している。こうした場合です。
請求できる額が大きい場合も同じです。金額が大きくなるほど会社は争う姿勢を強めますし、こちらの手続きも慎重さを求められるからです。
特に、会社が顧問の弁護士を立ててきた場合には、こちら側も同じ土俵に立つ必要があります。専門的な反論に一人で応じ続けるのは、精神的な消耗が大きいものです。
相手からの書面は、法律の用語で組み立てられています。何を言われているのかを読み解くだけでも骨が折れますし、返答を誤れば不利な前提を認めたことにされかねません。
また、在職中に請求する場合には、職場での立場をどう守るかという別の課題が生まれます。ここは経験のある人の助けを借りたほうが安全でしょう。
代理人を立てれば、会社とのやり取りは基本的にそちらを通すことになります。顔を合わせて交渉する精神的な負担から離れられるのは、想像以上に大きな意味を持ちます。
費用について不安を感じる方も多いはずです。多くの場合、着手にかかる分と、回収できた額に応じた分の組み合わせで決まります。事前に見通しを聞き、書面で確かめておいてください。
回収できる見込みが乏しい事案では、費用が上回ってしまうこともあり得ます。その点も含めて率直に説明してくれるかどうかは、信頼できる相手かを見分ける手がかりになります。
収入が一定の水準を下回る場合には、費用の立替えを受けられる公的な仕組みもあります。手持ちがないから相談できない、と決めつけないでください。使える制度がないかを尋ねるだけでも構いません。
残業代請求に強い弁護士の見分け方
どこに頼めばよいのかという問いも、よくいただきます。いくつかの視点をお伝えします。
まず、労働の分野を扱っている実績があるかどうかです。法律の世界は分野ごとに勘所が異なります。残業代の事案を日常的に扱っているかどうかで、着眼点は変わってきます。
事務所の紹介や解説の記事を読んでみると、その分野にどれだけ向き合っているかが伝わってきます。表面的な説明にとどまっているか、実務の勘所まで踏み込んでいるか。読み比べてみてください。
次に、働く側の立場で扱っているかという点です。会社の側を主に支援している事務所もあります。どちらが良い悪いではなく、立場によって蓄積される経験が違うのです。
会社側の事情に詳しいことが強みになる場面もありますが、働く側の立場で交渉を積み重ねてきた経験は、こちらの事案では直接に効いてきます。相談の際に尋ねてみるとよいでしょう。
三つめが、最初の相談での説明の仕方です。良い見通しばかりを並べるのではなく、弱い部分や想定される反論についても率直に話してくれるか。ここは重要な判断材料になります。
四つめが、費用の説明が明確かどうかです。何にいくらかかるのか、どの段階で発生するのか。曖昧なまま進めようとするところは避けたほうが無難でしょう。
五つめが、連絡の取りやすさです。手続きは数か月から年単位に及ぶこともあります。その間、状況を尋ねたときに返事が返ってくるかどうかは、想像以上に効いてきます。
初回の相談での対応は、その後の姿勢をよく映します。こちらの話をさえぎらずに聞いてくれるか。質問に対して、分からないことは分からないと言ってくれるか。そうした点を意識して見てみてください。
複数のところで話を聞いてみるのも、悪い選択ではありません。説明の仕方や見通しの立て方には違いがあります。比べてみると、自分に合う相手が分かってくるはずです。
比べるといっても、金額の見積もりだけを並べるのではありません。話を聞いてもらえたと感じられるかどうかも、長い手続きを一緒に進めるうえでは大切な要素です。
大切なのは、任せきりにしないことです。方針を決めるのはあなた自身であり、弁護士はそれを支える立場にあります。納得できないまま進めないでください。
途中で方針を見直すこともあります。相手の出方が変われば、こちらの手も変わるからです。そのつど説明を受け、理解したうえで先に進んでください。
最後にもう一度お伝えします。うまくいかない形には理由があり、その理由の多くは先に手を打てるものです。記録をそろえ、反論を想定し、着地点を決めておく。この三つを押さえておけば、結果は大きく変わります。
弁護士に相談するときは、次のものを持参すると、見通しを具体的に聞けます。
- 雇用契約書や労働条件通知書、就業規則
- 直近2〜3年分の給与明細
- タイムカードや業務の記録、残業の証拠
- 会社とのやり取り(メール、チャット、書面)
残業代請求の見通しに関するよくある質問
証拠がほとんどありません。請求しても無駄でしょうか
無駄とは言い切れません。労働時間を把握して記録しておく責任は、もともと会社の側にあります。記録がないこと自体があなたの落ち度になるわけではありません。会社が保管している記録の開示を求める道もありますし、パソコンの起動記録、業務上のやり取りの送信時刻、入退館の履歴、交通の利用履歴など、代わりになる材料は数多くあります。まずは手元にあるものを並べて、どこまで組み立てられるかを確かめてみてください。何もない状態からでも、勤務の実態から示せる道が残されています。
役職がついていると、やはり請求は難しいのでしょうか
肩書きだけで結論は決まりません。残業代の対象から外れる管理監督者にあたるかどうかは、実際にどの程度の権限を持っていたか、勤務時間を自分で決められたか、待遇が地位にふさわしいものだったかといった実質で判断されます。部下がいるというだけでは足りませんし、部長や店長といった名称も決め手にはなりません。実態が伴っていなければ、いわゆる名ばかり管理職として請求が認められる余地は十分にあります。まずは自分の権限と待遇を書き出してみてください。
退職してから時間が経っています。もう遅いですか
すぐに諦める必要はありません。賃金を請求できる期間には限りがありますが、法律の改正でこの期間は以前より延びています。ただし、古い月の分から順に消えていきますので、迷っている間にも取り戻せる範囲は狭まっていきます。まずはいつまで働いていたのかを確かめ、どの期間が残っているのかを整理してください。あわせて、会社に対して請求の意思を示しておくと、その後の交渉での立ち位置が変わることがあります。動くなら早いほうがよい、というのが率直なところです。
請求すると、退職金や離職票に影響が出ませんか
残業代を請求したことを理由に、退職金を減らしたり、離職票の記載を不利に変えたりすることは認められません。もしそうした対応を取られた場合、それ自体が別の問題として扱われます。実際には、こうした報復的な対応を恐れて請求をためらう方が多いのですが、正当な権利の行使に対する不利益な扱いは違法となり得ます。不安があれば、請求を始める前にその点も含めて相談してください。想定される会社の反応と、その場合の備え方を一緒に考えることができます。
