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事業承継M&Aとは?弁護士が手続き・税金・注意点を解説

この記事で分かること
- 事業承継の3つの方法(親族内承継・従業員承継・M&A)の違いと、なぜいまM&Aが急増しているのかの背景
- 事業承継M&Aの代表的な手法(株式譲渡・事業譲渡・合併など)と、それぞれのメリット・デメリット
- 事業承継M&Aの全体の流れを8つのステップで把握できる進め方の全体像
- 事業承継・M&Aに伴う税金(譲渡所得税・相続税・贈与税)と、節税に直結する事業承継税制の活用ポイント
- 事業承継M&Aで起きやすいトラブル事例と、弁護士に依頼することで防げるリスク
- 国・自治体が用意している支援制度(補助金・引継ぎ支援センター・経営承継円滑化法)の概要
本記事では、事業承継の3つの方法のなかでも近年急増しているM&Aによる承継について、弁護士の視点から手法・進め方・税金・支援制度・トラブル回避策まで体系的に解説します。株式譲渡や事業譲渡といった代表的なスキームの違い、企業価値評価からクロージングまでの全体の流れ、事業承継税制の活用ポイント、契約書チェックや株主間調整など弁護士の役割が一通り理解できる内容です。
目次[非表示]
「後継者がいないまま、自分も歳をとってきた」「子どもが家業を継ぐ気はなさそうだ」「会社を売るなんて考えたこともなかったが、最近よく耳にする」――。中小企業の経営者であれば、一度はこうした不安を抱いたことがあるのではないでしょうか。
日本の企業の99%は中小企業であり、その多くがいま、事業承継という大きな経営課題に直面しています。かつては子どもや親族に継がせるのが当たり前でしたが、少子化やライフスタイルの多様化により、親族内承継は徐々に難しくなってきました。代わって急速に増えているのが、M&A(合併・買収)による事業承継です。
とはいえ、「M&A」と聞くと、敵対的買収や大企業同士の派手な取引をイメージしてしまう方も多いでしょう。実際の中小企業のM&Aは、まったく違った姿をしています。本記事では、事業承継とM&Aの基本から、手続きの流れ、税金、トラブル回避策まで、弁護士の視点でわかりやすく解説していきます。
事業承継とは?M&Aが選ばれる理由
まずは「事業承継とは何か」という基本から押さえていきましょう。意外と曖昧なまま使われている言葉ですが、ここを正確に理解しておかないと、その後の判断を誤ってしまいます。
事業承継とは、現経営者が会社の経営権・資産・人材・ノウハウなどの経営資源を、後継者に引き継ぐことをいいます。単に社長の椅子を譲ることではなく、事業そのものを次の世代に渡す一連の取組み全体を指す言葉だと理解してください。
中小企業庁の「事業承継ガイドライン」では、承継すべき経営資源として「人(経営)」「資産」「知的資産」の3つが挙げられています。経営理念・ノウハウ・取引先との信頼関係といった目に見えない資産まで含めて引き継ぐことが、本当の意味での事業承継なのです。
事業承継の3つの方法
事業承継の方法は、大きく3つに分類されます。それぞれの特徴を、以下の表で整理してみました。
| 承継の種類 | 後継者 | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|
| 親族内承継 | 子・配偶者・親族 | 関係者の理解を得やすい/長期的な準備が可能 | 後継者候補がいない場合は不可/相続税負担 |
| 従業員承継 | 役員・従業員 | 事業内容を熟知している/取引先の信頼継続 | 株式買取資金の調達/個人保証の引継ぎ |
| 第三者承継(M&A) | 外部の企業・個人 | 後継者不在でも実行可能/創業者利益の獲得 | マッチングが必要/企業文化の統合課題 |
親族内承継
親族内承継は、子どもや配偶者など、経営者の親族に事業を引き継ぐ方法です。長らく日本の中小企業における主流であり、心情的にも納得感のある選択肢といえます。早期から後継者教育をはじめられる点、相続や贈与といった既存の制度を活用できる点も大きな魅力です。
もっとも、最近では「子どもがいない」「子どもが別の道に進んでいる」「娘婿に継がせるのも難しい」といった理由で、親族内承継を選びたくても選べないケースが増えてきました。
従業員承継(社内承継)
従業員承継は、長年会社を支えてきた役員や従業員に経営を引き継ぐ方法です。事業内容を理解している人物が後継者となるため、取引先や顧客にとっても安心感があります。
ただし課題もあります。最大のハードルは、株式の買取資金です。中小企業の株式は意外と評価額が高くなることがあり、従業員個人が銀行から借入れをして取得するのは容易ではありません。さらに、現経営者が金融機関に対して負っている個人保証を、後継者が引き継げるかどうかという問題も立ちはだかります。
第三者承継(M&A)
そして、いま急増しているのが、M&Aによる第三者承継です。親族にも従業員にも適任者がいない場合に、外部の企業や個人に事業を引き継ぐ方法をいいます。
「中小企業のM&A」と聞くと、まだ馴染みが薄いかもしれません。しかし国の支援体制が整い、専門の仲介会社も増えたことで、いまでは中小企業の事業承継の有力な選択肢の一つとして定着しつつあります。
近年M&Aによる事業承継が急増している背景
では、なぜここまでM&Aによる事業承継が増えているのでしょうか。背景にはいくつかの構造的な要因があります。
- 中小企業経営者の高齢化が進み、世代交代の時期が一斉に到来している
- 少子化により、そもそも親族内に後継者候補がいないケースが増えた
- 子どもが大企業や専門職についており、家業を継ぐインセンティブが薄れている
- 従業員に承継させるにも、個人保証や株式買取の問題で踏み切れない
- 国がM&A支援機関登録制度や事業承継・引継ぎ支援センターを整備し、安心して相談できる環境が整った
- 事業承継・引継ぎ補助金など、M&A費用を補助する制度が拡充された
もう一つ大きいのが、経営者自身の意識の変化です。「会社を売る=失敗」という古い価値観から、「育ててきた会社を、より成長させてくれる相手に託す」というポジティブな捉え方へとシフトしてきました。実際、M&Aによってシナジーが生まれ、譲渡前より企業が大きく成長するケースも珍しくありません。
事業承継と事業継承の違い
細かい話に思えるかもしれませんが、ここで「承継」と「継承」の違いにも触れておきましょう。両者は似ていますが、ニュアンスが異なります。
「承継」は、経営理念や信用といった目に見えない抽象的なものを受け継ぐ意味合いが強い言葉です。一方「継承」は、財産や権利のように形あるものを受け継ぐ意味合いがあります。法律上や税制上は「事業承継」が用いられており、中小企業庁の文書でもこの表記で統一されています。本記事でも、原則として「事業承継」で表記を統一しています。
事業承継M&Aの主な手法
ひと口に事業承継M&Aといっても、実はいくつもの手法があります。それぞれ法的な仕組みも、税務上の扱いも、引き継がれる範囲も違うため、自社にとってどれが最適かを慎重に検討する必要があります。
株式譲渡
株式譲渡は、現経営者が保有する自社株式を、買い手企業に売却する方法です。中小企業のM&Aでは、最もよく使われる手法といえるでしょう。
株主が変わるだけで会社自体はそのまま存続するため、取引先との契約や許認可、従業員との雇用関係などをそのまま引き継げる点が大きなメリットです。手続きも比較的シンプルで、買い手側も「会社まるごと」買えるため意思決定がしやすい傾向にあります。
一方、簿外債務や偶発債務もそのまま引き継がれてしまうため、買い手側はデューデリジェンス(買収監査)を入念に行う必要があります。
事業譲渡
事業譲渡は、会社の特定の事業だけを切り出して譲渡する方法です。複数の事業を抱えている会社が、特定の部門だけを売りたいときに使われます。
買い手にとっては、欲しい事業だけをピンポイントで取得でき、不要な負債を引き継がなくて済むのが利点です。一方で、契約や許認可は個別に巻き直しが必要となるため、手続きの手間は株式譲渡より重くなります。
合併・会社分割
合併は、複数の会社が一つの会社になるスキームです。吸収合併と新設合併がありますが、中小企業のM&Aでは吸収合併が一般的でしょう。会社分割は、会社の事業の一部を別会社に移す手法で、グループ再編や事業承継の準備段階としても使われます。
これらの手法は、組織再編に関する税制上の優遇(適格組織再編)が使えるケースもあり、税務メリットを狙って選ばれることがあります。
株式交換・株式移転
株式交換は、買い手企業が自社株を対価として、相手企業の株主から株式を取得する手法です。買い手は現金を用意せずにM&Aを実行できるため、上場企業同士のM&Aでよく用いられますが、中小企業の事業承継ではあまり一般的ではありません。
MBO・EBO
MBO(Management Buy-Out)は、現経営陣が自社の株式を買い取って経営権を取得する手法です。EBO(Employee Buy-Out)は、従業員が買い取るパターンを指します。広い意味では従業員承継の一種ですが、買収ファンドや金融機関と組んで実行されることも多く、M&Aの一形態として位置付けられます。
| 手法 | 特徴 | こんな場合に向く |
|---|---|---|
| 株式譲渡 | 株主が変わるだけ。最もシンプル | 会社をまるごと譲渡したい |
| 事業譲渡 | 特定事業のみを切り出す | 一部事業だけ譲渡したい |
| 合併 | 2社以上が1社になる | 完全な統合を目指す |
| 会社分割 | 事業を別会社に移す | 承継前の組織再編 |
| MBO・EBO | 経営陣・従業員による買収 | 社内に買い取り意思のある人材がいる |
事業承継M&Aを選ぶメリット
事業承継の手段としてM&Aを選ぶことには、想像以上に多くのメリットがあります。読者のなかには「身売りのように感じて気が進まない」という方もいるかもしれませんが、実際の声を聞くと、M&Aを実行した経営者の多くが「もっと早く決断すればよかった」と語ります。
後継者問題を解決できる
最大のメリットは、後継者不在という根本問題を一気に解決できることです。親族・従業員に適任者がいなくても、視野を広げて全国の企業のなかから相手を探せば、自社の事業に強い関心を持ってくれる承継先が見つかる可能性は十分にあります。
従業員の雇用を維持できる
後継者が見つからない場合、最終的には廃業という選択を迫られます。廃業は経営者だけの問題ではありません。長年苦楽を共にしてきた従業員の雇用が失われ、取引先にも大きな迷惑がかかってしまいます。
M&Aによって会社を残せば、従業員はそのまま雇用が維持されるのが原則です。むしろ買い手企業のグループに入ることで、福利厚生や給与水準が向上するケースもあります。
創業者利益を獲得できる
株式譲渡によるM&Aを行えば、現経営者は自社株式を現金化することができます。中小企業の株式は通常、流通性がなく現金化が難しいものですが、M&Aを通じてはじめて創業者利益(キャピタルゲイン)を手にする経営者は少なくありません。
得られた資金は、ハッピーリタイア後のセカンドライフに使うのもよし、新たな事業を始める原資に使うのもよし。経営者個人にとっても大きな経済的メリットとなります。
個人保証・担保から解放される
中小企業の経営者にとって、長年の悩みの種が金融機関への個人保証です。万が一会社が倒れたら自宅も失う――そうした重圧から、M&Aを機に解放されるのは大きな安心材料といえます。
もっとも、譲渡後も個人保証が自動的に外れるわけではありません。買い手企業との交渉や金融機関との協議を通じて、個人保証の解除を確実に契約条件に盛り込む必要があります。
取引先・顧客との関係を維持できる
廃業の場合、取引先は新たな仕入れ先や委託先を探さなければならず、関係が断たれてしまいます。M&Aで会社が存続すれば、これまで築いてきた取引関係をそのまま維持できます。買い手企業のリソースが加わることで、むしろ取引が拡大することもあります。
事業承継M&Aのデメリット・注意点
もちろん、いいことばかりではありません。事業承継M&Aには、知っておくべきデメリットや落とし穴もあります。あらかじめ把握しておくことで、想定外のトラブルを避けることができるはずです。
希望条件に合う相手が見つからない可能性
「自社の従業員を大切にしてくれる相手」「事業所の所在地を維持してくれる相手」「希望価格で買ってくれる相手」――こうした条件をすべて満たす買い手は、簡単には見つかりません。マッチングには時間がかかると覚悟しておきましょう。
条件にこだわりすぎると、いつまでも相手が決まらず、その間に経営者の体力や会社の業績が落ちてしまうリスクもあります。早めの準備と、譲れない条件の見極めが大切です。
企業文化・組織統合の難しさ(PMI)
M&A成立後に待っているのが、PMI(Post Merger Integration、統合プロセス)です。人事制度・社内システム・経営の進め方・企業文化など、ハード面とソフト面の両方を統合していく必要があります。
このPMIがうまくいかないと、せっかくのM&Aもシナジーが出ずに失敗に終わってしまいます。買い手任せにせず、現経営者も一定期間は関与して、円滑なバトンタッチに協力する姿勢が求められます。
仲介手数料などの費用
M&Aを実行するには、仲介会社・弁護士・税理士・公認会計士など複数の専門家への報酬が発生します。仲介会社の手数料は、譲渡価額に応じたレーマン方式で計算されることが多く、数百万円から数千万円規模になることも珍しくありません。
事業承継・引継ぎ補助金など、こうした専門家費用の一部を補助する制度もあるため、活用できる支援制度は必ず確認しておきましょう。
従業員・取引先への説明と動揺リスク
M&Aの情報が早期に漏れると、従業員の不安・離職、取引先の取引停止など、思わぬ動揺を招くおそれがあります。情報管理には細心の注意が必要です。
原則として、M&Aの交渉中は限られた関係者だけで秘密保持契約を結んで進め、従業員や取引先への説明は、最終契約の締結後に丁寧に行うのが基本的な進め方となります。
事業承継M&Aの進め方と全体の流れ
ここからは、実際にM&Aを進める場合の流れを、ステップごとに見ていきましょう。全体像を把握しておくと、いまどの段階にいて、次に何をすべきかが見えやすくなります。
STEP1:事業承継の方針決定と現状把握
すべての出発点は、現状把握です。「自社の強みは何か」「弱みはどこにあるか」「いま売却するならどれくらいの価値がつくのか」「経営者個人としていつまで会社に関わりたいのか」――こうした論点を、紙に書き出しながら整理していきます。
普段、自社の事業を客観的に見つめ直す機会は多くありません。事業承継を考え始めたタイミングは、自社の強みと弱みを棚卸しする絶好の機会だと前向きに捉えてみてください。
STEP2:仲介会社・専門家の選定
方針が固まったら、相談相手を選びます。M&A仲介会社、ファイナンシャル・アドバイザー(FA)、税理士、弁護士、金融機関など、相談先は多岐にわたります。
中小企業庁の「M&A支援機関登録制度」に登録された業者から選ぶと、一定の信頼性が担保されているため安心です。複数の業者から提案を受けて比較検討することを強くおすすめします。
STEP3:企業価値評価(バリュエーション)
次に、自社の企業価値を算定します。代表的な評価手法には、純資産価値をベースにする「コストアプローチ」、類似企業の取引事例をもとにする「マーケットアプローチ」、将来キャッシュフローを割り引く「インカムアプローチ(DCF法)」などがあります。
中小企業のM&Aでは、純資産に営業利益の数年分を上乗せする「年買法(年倍法)」と呼ばれる簡易な手法もよく使われています。
STEP4:マッチング・候補先の選定
仲介会社が用意する企業概要書(ノンネームシート)をもとに、候補先を探していきます。自社が特定されない範囲で情報を伝え、関心を示す相手が現れたら、秘密保持契約を結んだうえで詳細情報を開示します。
STEP5:トップ面談・基本合意書の締結
有力な候補先が現れたら、経営者同士のトップ面談に進みます。条件面の話だけでなく、お互いの価値観や経営理念がどれだけマッチするか、人柄まで含めて確認する重要なステップです。
双方が前向きであれば、基本合意書(LOI、MOU)を締結し、独占交渉権を設定したうえで本格的な交渉フェーズへと進みます。
STEP6:デューデリジェンス(買収監査)
買い手側が、財務・法務・税務・労務・ビジネスなど多角的な観点から対象会社を調査するのがデューデリジェンス(DD)です。簿外債務や訴訟リスク、コンプライアンス違反などが発見されれば、価格の見直しや契約条件への反映が行われます。
売り手側は、誠実に情報を開示することが極めて重要です。隠していた問題が後から発覚すると、表明保証違反として損害賠償請求を受けるリスクがあります。
STEP7:最終契約締結・クロージング
DDの結果を踏まえて、最終的な譲渡条件を詰め、株式譲渡契約書(SPA)等の最終契約書を締結します。その後、譲渡代金の支払いと株式の引渡しを行うクロージングを経て、M&Aは法的に完了します。
STEP8:PMI(統合プロセス)
クロージング後がPMIです。経営体制・組織・人事制度・システム・企業文化を統合していくフェーズで、ここの巧拙がM&Aの成否を分けるといっても過言ではありません。
多くの場合、譲渡後も旧経営者が一定期間(半年〜数年)顧問や役員として残り、引継ぎに協力する取り決めをします。これをロックアップ期間と呼びます。
| STEP | 主な内容 | 期間の目安 |
|---|---|---|
| 1.方針決定・現状把握 | 経営者の意思確認、事業の棚卸し | 1〜3カ月 |
| 2.専門家選定 | 仲介会社等のアドバイザー選定 | 1〜2カ月 |
| 3.企業価値評価 | バリュエーション、企業概要書作成 | 1〜3カ月 |
| 4.マッチング | 候補先選定、ノンネーム打診 | 3〜12カ月 |
| 5.トップ面談・基本合意 | 経営者同士の面談、LOI締結 | 1〜2カ月 |
| 6.デューデリジェンス | 財務・法務等の買収監査 | 1〜3カ月 |
| 7.最終契約・クロージング | SPA締結、代金決済、株式引渡し | 1〜2カ月 |
| 8.PMI | 経営統合、業務統合 | 1〜3年 |
事業承継・M&Aに関わる税金
事業承継M&Aを語るうえで、避けて通れないのが税金の話です。手法によって税負担は大きく変わるため、税務面まで踏まえてスキームを設計することが、結果的に手取り額を大きく左右します。
株式譲渡における譲渡所得税
個人株主が株式譲渡によって得た利益(譲渡所得)には、原則として20.315%(所得税15%+住民税5%+復興特別所得税0.315%)の税率が課されます。
たとえば、創業者が1,000万円で取得した株式を3億円で譲渡した場合、譲渡益2億9,000万円に対して約5,890万円の譲渡所得税が発生する計算です。手取りは約2億3,000万円となります。所得税の累進課税と比べると、税率は固定で予測しやすい点が特徴です。
相続・贈与に関わる相続税・贈与税
親族内承継の場合、自社株式を相続や贈与で引き継ぐと、相続税や贈与税がかかります。日本の相続税は最高税率55%と世界的にも高く、株価が高い会社ほど後継者の税負担は重くなります。
後継者が現金を持っていない場合、株式を相続したものの相続税が払えず、最悪の場合には会社の経営が立ち行かなくなるという事態すら起こり得ます。
事業承継税制(特例措置)の活用
こうした事態を防ぐために設けられているのが、事業承継税制です。一定の要件を満たせば、後継者が取得した非上場株式にかかる相続税・贈与税の納税が猶予され、最終的には免除される可能性もある制度です。
2018年に拡充された特例措置では、対象株式数の上限撤廃、納税猶予割合100%、雇用要件の実質的な弾力化など、大幅に使いやすくなりました。ただし期間限定の制度であり、特例承継計画の提出期限など細かな要件があるため、利用を検討する場合は早めに税理士・弁護士に相談する必要があります。
M&Aの手法別の税負担の違い
M&Aの手法によって、税負担は大きく異なります。簡単に整理すると、次のようになります。
- 株式譲渡:個人株主に約20%の譲渡所得税。比較的シンプル
- 事業譲渡:会社が譲渡対価を受け取り、法人税が課税される。さらに株主が会社から配当・残余財産分配を受けると追加課税の可能性
- 適格組織再編(合併・会社分割等):要件を満たせば課税繰延べが可能
個人がオーナーである中小企業のM&Aでは、税務面でシンプルかつ手取りの多い「株式譲渡」が選ばれることが多いのは、こうした理由からです。
事業承継M&Aで活用できる支援制度
「中小企業のM&Aは大変そう」と尻込みする経営者の方に、ぜひ知っておいていただきたいのが、国・自治体による豊富な支援制度です。これらを活用しない手はありません。
事業承継・引継ぎ支援センター
各都道府県に設置されている公的な相談窓口で、中小企業の事業承継・M&Aを無料で支援してくれます。後継者バンクと呼ばれるマッチング機能もあり、まずはここに相談してみるのも良い出発点となります。
事業承継・引継ぎ補助金
事業承継やM&Aに伴う費用の一部を補助する制度です。経営革新枠、専門家活用枠、廃業・再チャレンジ枠などの類型があり、専門家への報酬や設備投資、廃業費用などをカバーできます。公募時期があるため、最新情報をこまめに確認しましょう。
経営承継円滑化法
事業承継税制の根拠法でもあり、遺留分に関する民法の特例、金融支援、所在不明株主に関する会社法の特例など、事業承継を円滑に進めるための制度が盛り込まれています。特に遺留分の特例は、後継者に株式を集中させたい場合に有効です。
金融機関・日本政策金融公庫の支援
日本政策金融公庫では、事業承継マッチング支援という無料サービスを提供しています。譲渡側と譲受側をつなぐマッチングのほか、買収資金の融資制度もあり、特に小規模なM&A(スモールM&A)で活用しやすい仕組みになっています。
| 支援制度 | 運営主体 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 事業承継・引継ぎ支援センター | 各都道府県 | 無料相談、マッチング |
| 事業承継・引継ぎ補助金 | 中小企業庁 | 専門家費用・設備投資費用の補助 |
| 事業承継税制 | 国税庁 | 相続税・贈与税の納税猶予・免除 |
| 経営承継円滑化法 | 中小企業庁 | 遺留分特例、金融支援等 |
| 事業承継マッチング支援 | 日本政策金融公庫 | 無料マッチング、買収資金融資 |
事業承継M&Aでよくあるトラブルと回避策
残念ながら、事業承継M&Aにはトラブルがつきものです。「うちは大丈夫」と思っていても、思わぬところで紛争に発展することがあります。代表的なトラブルパターンを知っておくことが、最大の予防策になります。
表明保証違反による損害賠償
最終契約書には、売り手が買い手に対して「会社に簿外債務はない」「重要な訴訟は提起されていない」「労務関係の問題はない」といった事項を表明し、保証する条項(表明保証条項)が盛り込まれます。
譲渡後にこれらに反する事実が発覚すると、買い手から損害賠償を請求される可能性があります。売り手としては、開示できる情報は誠実に開示しておくことが、最大の自衛策となります。
簿外債務・偶発債務の発覚
未払残業代、退職給付債務、訴訟リスク、税務上の繰延債務、個人保証債務――こうした簿外債務や偶発債務が、後から発覚するケースは少なくありません。デューデリジェンスの段階できちんと棚卸しをしておかないと、譲渡後に大きな紛争の種になります。
競業避止義務違反
多くのM&A契約書には、譲渡後一定期間(5年程度が一般的)、売り手が同種の事業を行ってはならないという競業避止義務が定められます。これに違反すると、損害賠償や差止めの対象となり得ます。
「セカンドライフでまた同じ業界で起業したい」と考えている経営者は、契約段階で競業避止義務の範囲・期間を慎重に交渉しておく必要があります。
株主間の意見対立
創業者一族で株式が分散している会社では、M&Aへの賛否が分かれて話が前に進まないことがあります。少数株主が反対すれば、株式譲渡を強制することはできず、会社法上の手続き(特別支配株主による株式売渡請求等)を駆使する必要が出てきます。
従業員の離職
M&Aの噂を聞きつけた従業員が、不安を感じて転職してしまうケースがあります。特にキーパーソンの離職は、買い手企業にとって致命的です。買い手側からは、主要従業員のリテンションプラン(残留してもらうためのインセンティブ設計)を求められることも多くなっています。
事業承継M&Aを弁護士に相談すべき理由
「M&Aの相談は仲介会社にすればいいのでは?」と思う方も多いでしょう。しかし、弁護士には仲介会社にはできない独自の役割があります。ここを正しく理解しておくと、専門家の使い分けがうまくできるようになります。
契約書のリーガルチェック
基本合意書、秘密保持契約書、最終契約書(株式譲渡契約書等)――M&Aでは大量の契約書が交わされます。これらの契約書には、表明保証、補償条項、競業避止義務、ロックアップ条項など、専門的かつ高度な条項が並びます。
「専門用語ばかりで何が書いてあるのかわからない」「相手方の弁護士が用意した雛形にそのままサインしてよいか不安だ」といった声を、私たちは数多く伺ってきました。契約書の一文が、後の数千万円の損害賠償リスクにつながることもあります。リーガルチェックは、絶対に省略してはいけない工程です。
株主・親族間トラブルの調整
少数株主の反対、親族間の感情的な対立、過去の株式譲渡の有効性など、株式に関する論点は法律的に複雑なものが少なくありません。弁護士は、こうした株主間・親族間のトラブルを法的に整理し、円滑な事業承継を実現する調整役を担います。
相続対策との一体的なアドバイス
事業承継は、相続対策と切り離せません。M&Aで創業者利益を得た後、その資金をどう次世代に引き継ぐか、遺言書をどう整えるか、相続人間で揉めないためにどんな対策を打つべきか――これらを一体で考えてくれるのが、相続・事業承継に強い弁護士です。
仲介会社や税理士はM&Aや税金のプロですが、相続全体の設計までは射程外であることが多いのが実情です。
仲介会社とは異なる弁護士の役割
仲介会社は、買い手と売り手の両方の代理人的な立場で、成約に向けた調整を行います。これに対して弁護士は、依頼者の利益を守ることに特化したアドバイザーです。立場が違うからこそ、両方を活用することで、安全かつ有利なM&Aが実現します。
| 専門家 | 主な役割 | 立場 |
|---|---|---|
| M&A仲介会社 | マッチング、交渉サポート | 双方の橋渡し |
| FA(ファイナンシャル・アドバイザー) | 財務戦略、価格交渉 | 依頼者側 |
| 弁護士 | 契約書、法的リスク、相続 | 依頼者側 |
| 税理士 | 税務シミュレーション、税制適用 | 依頼者側 |
| 公認会計士 | 財務DD、企業価値評価 | 依頼者側 |
まとめ|事業承継M&Aは早期準備と専門家活用がカギ
本記事では、事業承継とM&Aについて、基本概念から手法・流れ・税金・支援制度・トラブル回避策まで、弁護士の視点から解説してきました。要点を整理すると、次のようになります。
- 事業承継には親族内承継・従業員承継・第三者承継(M&A)の3つがあり、近年はM&Aによる承継が急増している
- M&Aの代表的な手法は株式譲渡で、ほかに事業譲渡・合併・会社分割・MBOなどがある
- M&Aは「後継者問題の解決」「雇用維持」「創業者利益」「個人保証からの解放」など多くのメリットがある
- 準備から成約まで通常1〜3年かかり、現状把握から始まり最終的にPMIで完結する
- 税金は手法選択で大きく変わり、事業承継税制を使えば相続税・贈与税の負担を大幅に軽減できる
- 事業承継・引継ぎ支援センター、補助金、経営承継円滑化法など、国の支援制度を最大限活用すべき
- 表明保証違反、簿外債務、競業避止義務違反などのトラブル回避には、弁護士のサポートが不可欠
「まだうちは早い」と感じていても、後継者の選定・育成・税務対策・M&A候補先の選定には数年単位の時間が必要です。経営者が元気なうちに動き出すことが、結果的に従業員・取引先・家族のすべてを幸せにする選択につながります。
事業承継・M&Aは、人生で何度も経験するものではありません。だからこそ、信頼できる弁護士・税理士・仲介会社といった専門家とチームを組み、後悔のない選択をしていただきたいと思います。本記事が、その第一歩となれば幸いです。
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基礎控除額
4,200万円
課税対象額
800万円
相続税の総額(概算)
80万円
申告が必要です
※ 配偶者の税額軽減・小規模宅地等の特例を考慮しない概算です。実際の税額は個別事情により異なります。
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- 相続人のひとりが弁護士を連れてきた
- 遺産分割協議で話がまとまらない
- 遺産相続の話で親族と顔を合わせたくない
- 遺言書に自分の名前がない、相続分に不満がある
- 相続について、どうしていいのか分からない