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執行猶予とは?意味と制度の仕組み、実刑判決との違い

この記事で分かること
- 執行猶予とは、刑事事件で有罪判決が下される際に、刑の執行を一定期間猶予する判決のこと
- 執行猶予の目的は犯罪者の社会での更生でであり、1年から5年の範囲内で付される。
- 執行猶予判決は、「3年以下の懲役もしくは禁固または50万円以下の罰金刑」にのみ可能。
- 執行猶予期間中は、パスポートの発行が難しいこともあり、海外旅行は一部制限がある。
- 執行猶予期間中に犯罪を犯せば、必ず執行猶予は取り消されてしまう。
執行猶予とは、刑事事件で有罪判決が下される際に、刑の執行を一定期間猶予する判決を指します。その目的は、社会の中で更生を図ることにあり、法律上1年〜5年の範囲内と規定されています。また、執行猶予判決は「3年以下の懲役もしくは禁固または50万円以下の罰金刑」にのみ可能です。猶予期間中の生活のほとんどに支障はありませんが、海外旅行は制限されることもあります。猶予期間に犯罪を犯せば、執行猶予は取り消されるでしょう。
執行猶予とは?
まずは、執行猶予がどのような制度か、基本的な内容をご説明します。
「懲役○年執行猶予○年の有罪判決」という言葉はニュースなどで見聞きしたことがある方も多いでしょう。しかし、執行猶予がどのような制度なのか、詳しく理解している方は少ないかもしれません。
執行猶予の概要、執行猶予の趣旨、一部執行猶予とはどのような制度なのか、について見ていきましょう。
執行猶予とは?
執行猶予とは、刑事事件で有罪判決が下される際に、刑の執行を一定期間猶予する判決を指します。執行猶予期間中に再度犯罪を犯さない場合は、執行猶予期間を経過すれば刑の言い渡しの効力が消滅します。
つまり、執行猶予期間が何事もなくすぎれば、判決において言い渡された実刑判決はなかったことになるということです。執行猶予期間がすぎたことについて通知などが行われることはありません。
執行猶予の期間は、1年〜5年の範囲で設定される
執行猶予の期間については、1年から5年の期間が付されることになります。裁判官の裁量によってこれより長く設定したりすることはできません。この範囲内でのみ、裁判官が裁量に決めることができるのです。
多くの判決では、実刑の期間よりよりも1.5-2倍程度の期間の執行猶予判決が出ています。執行猶予期間が実刑の期間より短く設定されることはありません。
このように、執行猶予とは一定の条件のもと、実刑判決を一定期間猶予する刑事裁判上の制度を指します。
執行猶予制度の目的と趣旨
実刑を猶予する執行猶予制度がなぜ必要なのか、皆さんは知っているでしょうか?
ニュースなどを見ていると、「犯罪の内容が他の同種の犯罪に比べて軽い場合」や「十分に反省している場合」に執行猶予判決になるというイメージを持っている方も多いかもしれません。
確かに、裁判官の情状等は影響しますが、これだけが執行猶予判決の理由ではありません。
執行猶予の目的は犯罪者の「社会内での更生」
そもそも、執行猶予制度は犯罪者の社会内での更生を目的として制度設計されています。実刑は一番重い刑罰であり、本来であれば犯罪を犯した人は刑法の規定に応じて実刑判決を受けるべきですが、実刑が必ずしもその人の更生に繋がらないこともあります。
実刑判決を受けた人は、出所した後も「刑務所に入った」という烙印を押される形となってしまうため、就職に苦労したりすることも少なくありません。
そうであるならば、更生可能性が高い犯罪に関しては、実刑判決を猶予してできる限り社会での更生を図ってもらおうというのが執行猶予制度の趣旨なのです。
執行猶予判決の場合、猶予期間中に犯罪を犯さなければ、刑務所に入らなくて良いだけでなく、社会生活において一般の人と変わらない通常の生活を送ることができます。
執行猶予判決は「犯罪の内容が軽い」から受ける判決ではなく、本人が社会生活の中で更生を図れる可能性が高いと判断できる場合に付される判決なのです。
一部執行猶予とは?
2016年から施行された新しい執行猶予制度があります。それは刑の一部執行猶予制度です。
刑の一部執行猶予とは、判決で言い渡された実刑のうち、一部の期間の執行を猶予する制度を指します。実刑の期間の一部のみ猶予が許されるため、通常の執行猶予判決とは異なり、必ず刑務所に行かなければいけないのが特徴です。
執行方法としては、まず実刑判決が下された部分につき執行され、その後に猶予期間があるという形になります。つまり、一部執行猶予に付されたなかった期間分刑務所に入ったあと、出所して執行猶予期間となる、ということです。
一定期間、刑務所での指導を経た後に、社会生活での更生を図る
2016年以前までは、懲役刑か禁固刑の判決の場合、実刑か執行猶予かの2択でしたが、この場合、短期の実刑になってしまうと再犯防止や更生教育をする十分な時間がないことが問題となっていました。そのため、一定期間の間刑務所で再犯防止等のための指導を行い、その後は社会生活の中で更生を図る一部執行猶予制度が導入されることになったのです。
このように、一部執行猶予判決は、通常の執行猶予判決とは異なり、刑務所に入る期間があることが特徴です。
具体的には、家族や雇用主が指導監督をしてくれることや被害者との示談成立などを主張します。薬物犯罪の場合などは、今後の治療の方針・予定などを説明することもあります。
執行猶予はどんなケースに付されるのか
執行猶予判決は、どのようなケースの場合に下されるのでしょうか。執行猶予が付く条件、執行猶予の判断基準、実刑判決と執行猶予判決との違いを見ていきましょう。
執行猶予が付く条件
3年以下の懲役もしくは禁固または50万円以下の罰金刑
執行猶予判決は裁判官の裁量でのみ決まるわけではありません。執行猶予判決を出すには、法律上の条件があります。
具体的には、「3年以下の懲役もしくは禁固または50万円以下の罰金刑」の場合にしか、執行猶予判決を下すことはできません。
殺人・強盗致傷など危険、重大な犯罪には執行猶予は付かない
これよりも重い犯罪の場合、例えば殺人罪や強盗致傷罪のような危険な犯罪の場合は、執行猶予をつけることができません。起訴された場合はほぼ確実に有罪判決となり、実刑となるでしょう。殺人などの重い犯罪の場合は、社会での更生を期待することが難しいと言えるからです。
執行猶予が付きづらい罰金刑
罰金刑が下された場合でも、理論上は執行猶予判決が可能です。しかし実際上は罰金刑に執行猶予判決が下されることはほとんどないといわれています。
罰金刑の場合は懲役や禁固刑などが下される場合に比べると社会での更生の可能性は高いといえそうですが、執行猶予に付しても「罰金を払わないようにするために犯罪をしないようにしよう」という気持ちが働きにくいと考えられるため、罰金刑がそのまま下されることが多いようです。
このように、執行猶予がつく犯罪には制限があります。罰金刑でも執行猶予判決は可能ですが、基本的には禁固刑・懲役刑に付されるのが一般的です。
執行猶予の判断基準
皆さんは「初犯ならば執行猶予がつく」と考えていませんか? 実際に初犯の場合は、よほど重大な事件ではない限り執行猶予がつく可能性があります。しかし、事件内容にもよるため、初犯=執行猶予とは言い切れない現実もあるのです。
では、執行猶予に付すかどうかの判断について裁判官はどのようなことを考慮しているのでしょうか。裁判官は被告人が事件につき有罪か無罪かを決めるだけではなく、どのような刑が適切かを法律の範囲内で判断する権限があります。
具体的には、
- 犯罪の悪質性
- 前科はあるのか
- 被害者との示談はあるのか
- 被害の弁償は行ったのか
- 被害者の処罰感情は大きいか
- 執行猶予判決の場合は社会で更生する事が可能か
- 十分に反省しているか
などが考慮されます。
これら考慮要素を見てみると、初犯=執行猶予とは言い切れない事がわかるでしょう。執行猶予にするかどうかなど量刑を判断する際は、さまざまな事項を勘案することになります。
機械的に判断する事ができない事柄であるからこそ、弁護活動が功を奏して執行猶予判決となることもあるのです。
実刑判決と執行猶予付判決の違い
実刑判決を受けると必ず刑務所に入る必要があります。
執行猶予判決の場合は、猶予期間中に犯罪を犯さなければ、原則として刑務所に入る必要はありません。
判決後の刑務所入りの有無が、実刑判決と執行猶予判決の大きな違いの1つといえるでしょう。
また、刑務所に入らずに済むため、一般の社会生活と断絶されるかどうかという違いも大きいといえます。通常通り働いて、家族とともに暮らす事ができる執行猶予判決の利点はここにあるともいえます。
この「刑務所入りの有無とその社会的影響」以外には大きな違いはないといえるでしょう。
執行猶予判決であったとしても有罪であることには変わりありません。そのため、執行猶予判決でも実刑と同様に前科はついてしまいます。
保護観察官等に定期的に報告を行う必要があり、違反した場合は執行猶予が取り消される可能性もあります。
執行猶予が取り消されるケース
執行猶予中は海外旅行に行けない?
執行猶予中は通常の生活ができるといいますが、実際上制限はないのでしょうか。また、執行猶予が取り消されるのはどのような場合であり、取り消されるとどうなってしまうのでしょうか。執行猶予期間中にできないこと、取り消されるケース、取り消されるとどうなるのかについてご説明します。
執行猶予期間中にできないこと
執行猶予期間中は、特に日常生活で大きな制限がかかることはありません。仕事をすることや会社に就職することも特に問題はなく、これまで働いていた会社が許せば同じ会社に働き続けることもできます。
車を運転することやローンを組んだりなども特に問題なくできるため、家のローンや車のローンだけでなくスマホの契約なども問題はないでしょう。国民の権利である選挙における投票ももちろん保障されています。
日常生活を送る上では大きな制限はないといえますが、一部、制限があるとすれば以下の場合です。
- 海外旅行に行く場合
- 選挙犯罪で有罪となった場合の被選挙権
- 保護観察付き執行猶予の場合居住地の変更等に制限あり
海外旅行に行く場合
執行猶予期間中の場合は、パスポートを申請しても個別で審査を受ける必要があり、場合によっては発行されないケースもあります。また、有効なパスポートがあっても、有罪判決を受けている人は外国での入国が制限されるケースがあるでしょう。
選挙犯罪で有罪となった場合の被選挙権
基本的には、執行猶予判決を受けた場合でも被選挙権は奪われません。しかし、収賄などの選挙犯罪などで逮捕され有罪となった場合には、被選挙権を行使することはできません。
保護観察付き執行猶予の場合の制限
執行猶予判決には保護観察がつく事があります。この場合、居住地の変更には保護司の許可が必要です。また、7日以上の旅行にも許可が必要という制限があります。通常の執行猶予付き判決の場合は、このような制限はありません。
執行猶予が取り消されるケース
刑法26条には、執行猶予の取消しについての規定があります。一定のケースに当てはまる場合には、執行猶予は取り消されてしまうのです。法律上は、一定の事項に当てはまる場合に必ず取り消すべき事項(必要的取消し)と裁判官の裁量で取り消される事がある事項(裁量的取消し)を分けて規定しています。
執行猶予を必ず取り消すべき事項(必要的取消し)
必要的取消しでは、
- 執行猶予期間中に禁錮以上の刑で有罪となり執行猶予判決がないとき
- 執行猶予期間前に犯した罪で禁錮以上の有罪判決を受けて執行猶予がないとき
- 執行猶予期間前に他の罪で禁錮以上の罪に処された事が発覚したとき(例外あり)
が規定されています。
つまり、執行猶予期間中や執行猶予期間前に執行猶予なしの禁錮以上の有罪判決を受けた場合は、執行猶予が必ず取り消されます。
執行猶予を裁判官の裁量で取り消される事がある事項(裁量的取消し)
裁量的取消しでは、
- ①猶予期間中に罰金に処せられたとき
- ②保護観察付き執行猶予の場合に、規則を守らなかった場合
- ③猶予前に他の罪で執行猶予付き禁錮以上の有罪判決を受けていた事が発覚したとき
が規定されています。
つまり、軽い犯罪や保護観察官の指示に従わなかった場合などの場合は、裁判官の裁量によって取り消される可能性があるのです。
このように、執行猶予付き判決は、猶予期間中に犯罪や保護観察に関する違反等があれば、取り消される事があります。
執行猶予が取り消されたらどうなる?
では、執行猶予付き判決が取り消されたら、その後実刑にはどのような影響を与えるのでしょうか。
執行猶予付き判決が取り消されると、直ちに実刑を受けることになります。つまり、刑務所に収容されてしまいます。
また実刑を受ける期間は、最初に宣告された実刑の期間に加え、執行猶予中に犯した罪の実刑期間がプラスされます。
執行猶予が取り消されると、長期間の間収容される可能性が高くなってしまうということです。
例えば、懲役2年、執行猶予3年の場合、執行猶予期間中に懲役2年の実刑判決を受ければ、4年の懲役を受けることになるのです。
せっかく執行猶予判決を受けても、猶予期間中に過ちを犯せば執行猶予がなくなり、長期収容の可能性が高まってしまいます。執行猶予期間中は気をつけて生活してください。
執行猶予中に新たな犯罪を犯しても実刑を回避する方法
執行猶予期間中に別の犯罪で起訴されたとしても、執行猶予が取り消されない例外もあります。執行猶予を取り消されないようにするためにはどうすれば良いのでしょうか。
執行猶予期間中に再度犯罪を犯してしまった場合は、原則として執行猶予が取り消されると考えるべきです。しかし、新たな犯罪で不起訴や執行猶予判決となれば、執行猶予は取り消されずに済む可能性があります。
要件の厳しい再度の執行猶予
また実刑判決の場合でも、例外的に再度の執行猶予に付されることもあります。再度の執行猶予の要件は厳しく、当てはまらない方も多いといえます。
具体的には、新たな犯罪が「1年以下の懲役又は禁錮であること」、「情状に特に酌量すべきものがあること」、そして現在執行猶予中の犯罪が「保護観察付き執行猶予ではなかったこと」が条件となります。
執行猶予期間中は新たな犯罪を行わないことが重要!
法定刑の重い犯罪を犯してしまった場合、再度の執行猶予付き判決は難しいと考えてください。また大前提として、執行猶予期間中には新たな犯罪を行わないことが重要であると考えましょう。
このように、再度の執行猶予等により実刑を回避することはできますが、これをあまり期待すべきではないことは覚えておいてください。
この場合、執行猶予判決が取り消される可能性があるため、このような事がないように最大限の注意を払う必要があるでしょう。せっかく得られた猶予期間を無駄にしないよう、適切に過ごすようにしてください。
執行猶予付き判決を望む場合は、弁護士に相談を
執行猶予となれば原則として刑務所に行かずに、通常通りの生活をする事ができます。刑事事件で起訴された場合でも、内容によっては執行猶予が望めるケースもあるのです。適切な弁護活動を積み重ねることで、将来への生活への影響を最小限にする事が可能となります。
実刑判決を受ける可能性がある刑事事件にご家族やご友人が巻き込まれた場合は、弁護士にご相談ください。刑事弁護の専門家とともに、執行猶予を勝ち取りましょう。
刑事事件に巻き込まれたら弁護士へすぐに相談を
- 逮捕後72時間、自由に面会できるのは弁護士だけ。
- 23日間以内の迅速な対応が必要
- 不起訴の可能性を上げることが大事
- 刑事事件で起訴された場合、日本の有罪率は99.9%
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